|
◆壇ノ浦の戦いで決着していなかった!?
1185年、壇ノ浦(だんのうら)の戦いで敗れた平家の残党が落ち延びた先は九州。徐々(じょじょ)に南下した一行は、福岡の山川町にある要川に背水の陣を敷(し)き、そこを源氏との最後の決戦場としたそうな。そして・・・。
現在も歴史物語には欠かせない源平合戦ゆかりの地としても知られる山川町には、今なおその歴史情緒(れきしじょうちょ)が息づき、ひとつの観光要素としても要注目なものになっています。
◆悲しい伝説が残る深き森の滝
その一端(いったん)を垣間見(かいまみ)られるのが、山川町南部の森深くに位置する「七霊(しちろう)の滝」なるスポット。要川(かなめがわ)の合戦で敗れた平氏は、散(ち)り散りになって落ち延びる以外に道はなく、
その女官たちにも運命をともにする者が少なからずいたそうな。その中のある7人は「もはやこれまで」と覚悟を決め、森の中の滝壺(たきつぼ)に身を投げて亡くなり、里人たちはその死を哀(あわ)れんで滝のそばにお社を立てて祀(まつ)ることにしました。それからのち、この滝のことを「七霊の滝」、お社を「七霊宮(しちろうぐう)」と呼ぶようになったようです。
また、この7人の女官は滝壺に身を投じたのち、ナマズに化身(けしん)したとも言われ、この地方ではナマズを食べないという風習も残っているそうです。滝そのものは、白いしぶきが爽(さわ)やかで、それを囲む緑と相まって幻想的な光景を醸(かも)し出していますが、このエピソードを知ることで、よりいっそう情景に深みが増し、もの悲しいけれど幽玄(ゆうげん)な雰囲気を味わうことができます。戦に敗れたとは言え、平氏・源氏のいずれにも心打たれるエピソードが残っているんだろうなと感慨(かんがい)にふけりたくなるひとときでしたヨ。
◆各地の平家まつりが山川町に結集!
この他にも平家にゆかりのあるスポットは数多くありますが、最(もっと)もそれが表れているといえば、要川公園で2年に1度、3月の第4日曜日に行われる「やまかわ平家まつり」です。九州から山口にかけての各地で行われる平家まつりが一同に会する盛大なこのイベント。
その見所は何と言っても武者行列です。よろいやカブトをまとうなど勇壮(ゆうそう)な武士の姿をした者から、赤や緑で華(はな)やかに着飾(きかざ)った姫や女官の姿をした者まで、総勢40名が練(ね)り歩く様子は壮観(そうかん)です。
一般に山口県下関市の壇之浦が源平最後の合戦(かっせん)の地とされている中、平家一門が九州に逃れ、現在の要川公園で最後の戦いを演じたという山川町の伝説の魅力(みりょく)に惹(ひ)かれた方々をはじめ、毎回たくさんの人で賑(にぎ)わう地域をあげた一大イベントになっています。また合戦を再現した劇(げき)なども大好評。各地の平家伝説の集大成を一度に味わうことができるところもオススメですヨ!
◆平家伝説の語り手:平家一本桜
そして平家伝説のクライマックスを飾るのが、要川公園の南東にある天保古山(てんぽこやま)の山頂にある通称「天保古山 平家一本桜」。小高いその山には一際目立つ大樹(たいじゅ)が1本。その高さ18メートル、幹(みき)まわり2.5メートルで、樹齢(じゅれい)250年(推定)というスケールの大きさです。
常に悠然(ゆうぜん)としていて、町のどこにいても感じられるその存在感と美しさは筆舌(ひつぜつ)に尽(つ)くしがたいものがあります。春の3月にもなると、夜半にライトアップされた花びらの一枚いちまいが平家伝説の語り手としていっそう輝(かがや)きを増し、人々の心を惹きつけて放しません。力強く咲(さ)き乱れ、そして散っていく。その様子が栄華(えいが)を極(きわ)めた平家の盛衰(せいすい)を連想させる歴史情緒豊(れきしじょうちょゆた)かなスポットです。
山川町にはまだまだ平家ゆかりのスポットが数多くありますが、今回はこの辺で。皆さんもこれらのスポットを起点に、自分だけの平家伝説を堪能(たんのう)してみてはいかがですか?
レポートdate:2006.4.7
|