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◆三重の塔が美しい豊前国分寺跡公園
「豊前国分寺(ぶぜんこくぶんじ)」は、奈良時代、聖武天皇(しょうむてんのう)の国分寺建立の詔(みことのり:天皇の言葉)によって全国に建てられた国分寺のひとつ。現在は史跡公園(しせきこうえん)となっているその跡地(あとち)での見所は、県の文化財にも指定されている三重塔(さんじゅうのとう)!
最初の取り決めでは国分寺にはどこも七重塔が建てられたそうなんですが、豊前国分寺で現在も残っているのはこの三重の塔のみ。それも安土桃山時代の戦火で主要な建物のほとんど焼けてしまった中、住職の宮本孝梁(みやもとこうりょう)さんの発願(ほつがん)によって明治時代に再建されたものなんだそうな。その塔の高さ23.3メートル。七重の塔とまではいきませんが、存在感と迫力は目を見張(みは)るものがあります!
面白いのが塔の2層目の梁(はり)。なんと私たちにも馴染(なじ)みのある十二星座が彫(ほ)り込まれているんです。十二星座は「十二宮」と呼ばれて、昔はそれぞれを東西南北に当てはめて吉凶(きっきょう)を占ったそうな。同じくこの三重の塔にも東西南北に合わせて十二宮が彫られていますので、自分の星座がどこにあるのかを探してみるのも面白いかもしれませんね!
また、この塔の周りは緑のいこい空間でおさんぽコースにももってこいの雰囲気(ふんいき)。おまけに敷地内(しきちない)の案内所にはいつも笑顔がステキな係員さん。そして、さすが有名スポットなだけあって、オリジナル焼酎「国分寺」(福岡ブランド:林平作酒造)なるものまであるそうで、この案内所でも注文すれば5分以内に近くのお酒屋さんが持ってきてくれるそうですよ。お酒大好きなスタッフは迷わずおみやげに買って帰ることにしました!要はお酒が飲みたいだけだろ?というツッコミはなしでお願いします・・(笑)
◆万葉の歌に誘われて。豊前国府跡公園
「豊前国府跡公園(ぶぜんこくふあとこうえん)」は、奈良時代に全国60数ヵ国に置かれた国府(こくふ:地方行政機関)のひとつ、豊前国府の政庁跡地(せいちょうあとち)を一般に開放した史跡公園です。
現在、国府の発掘調査(はっくつちょうさ)で内容がある程度分かっているのは全国でも10ヵ所ほどしかないんだそうな。その貴重(きちょう)な跡地のひとつがここ豊前国府跡。
公園は政庁跡を中心に約18,000平方メートルもの範囲(はんい)に渡って整備(せいび)されているため、第一印象は広いグラウンドといった感じですが、その各所には当時をしのばせる歴史のエッセンスたっぷりの復元遺跡(ふくげんいせき)が置かれています。
ユニークなのが、その広場を囲むように広がっている「万葉歌の森(まんようかのもり)」。その名の通り、万葉集(まんようしゅう)や古今和歌集(こきんわかしゅう)などの昔の歌集の中から、豊前国を詠(うた)った代表的なものを歌碑(かひ)にして、公園を取り囲む緑豊かな遊歩道(ゆうほどう)のかたわらに趣深(おもむきぶか)く並べたものです。
広場では親子連れがキャッチボールをし、万葉歌の森ではお年寄りの方々がおさんぽする。まさに地域のいこいの場として慕(した)われているステキなスポットです!
◆多くの秀才を世に送り出した講堂と校門
「思永館(しえいかん)」とは、旧制豊津中学校、現在の豊津高校の敷地内に現在も残されている、かつての講堂(こうどう)で、建設された明治35年当時の学校建築(県内最古!)としては大変優美(ゆうび)な洋風形式だったそうな。中には入れないので窓から覗(のぞ)いてみると、天井にはゴージャスなシャンデリアが!たしかにこれが学校の一部ですと言われるとビックリです。
また、この思永館のすぐお隣(となり)にある「黒門(くろもん)」なるものは、豊津町が小笠原藩(おがさわらはん)だった頃、藩の未来を子どもにたくそうということで作られた藩校(育徳館:いくとくかん)の校門で、多くの秀才を輩出(はいしゅつ)した歴史を携(たずさ)え、昭和45年に現在の場所に移築(いちく)されてからは、毎年、豊津高校の入学式・卒業式のときに特別に開門しているそうな。このどっしりとした門構えと、渋(しぶ)みのあるくすんだ黒の色合いには、ただならぬ歴史を感じられます!
◆みやこ町の歴史を網羅!歴史民俗博物館
豊津(とよつ)・犀川(さいがわ)・勝山(かつやま)の歴史を学ぶならここ!「みやこ町歴史民俗博物館(れきしみんぞくはくぶつかん)」です。こちらは、みやこ町周辺の原始(げんし)から近代までの歴史と民俗を、ユニークな展示物で紹介している施設。陶器(とうき)や古瓦(こがわら)などの出土品のほか、巻物や書物といった歴史資料、農具や民芸品にいたるまで、様々な視点からみやこ町を学べる充実空間になっているんですが、要注目なのはその中身!
日本最大の釣針(つりばり)、江戸時代当時の地図、仏様が描かれたタイルなど、なかなか普通の資料館ではお目にかかれないような代物(しろもの)が数多く展示されているんです。そして特に目を引いたのが「刀探しています」という内容が書かれた貼(は)り紙。武士の誇(ほこ)りである刀を激しい戦(いくさ)の中で無くした者が、このような文書を貼ることは当時珍(めずら)しくなかったそうで、同様の資料も少なくありません。
こういう生きた歴史を物語る展示物満載(まんさい)なのがみやこ町歴史民俗博物館なんです!ほかにも、みやこ町開発の歴史を分かりやすく解説した映像資料や、100インチの大画面で郷土(きょうど)の暮(く)らしや祭りを楽しめる民俗シアターなど、まだまだ見逃せない要素(ようそ)がてんこ盛(も)りですよ!
レポートdate:2006.6.10
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